SNS時代の誹謗中傷について考える~優しい人のSNSの使い方~

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2020年5月23日テラスハウス問題で悲しいニュースがあったが、

個人的に、このようなことが問題が起こる前から、

ネット上での理不尽な誹謗中傷や揚げ足取り、煽りがやたら多いことに対して、

危惧というか、この流れはおかしいのではないかと思っていた。

 

その証拠としては、このブログの一発目の記事を読んでもらえば理解できると思う。

 

俺自身は、嫉妬は、まったく感じたことのないタイプで、

自分が弱いからネガティブに感じる、

人のことをどうこう言ってる暇があるなら自分を磨く、

己が強けりゃいい、という自責型の考えなので、

(もちろん生きていれば意図せず人を傷つけることもあるだろうが)

悪口や無駄な揚げ足取りにエネルギーを費やしている人間の気持ちが、

本当に1ミリもわからないのだ。

 

この記事では、とはいえ、現代において活用しない手はないSNSやネットサービスで、

優しい人はどのようにして考え、立ち回るべきなのか、

著名人の言葉からヒントとなるようなものを選んで紹介していく。

 

(前提として、アンチと意見や反対意見は別物である。)

意見に関しては、場合によって自分なりに受け入れ改善すべきところはするべきだろう。

一部の人気YouTuberやその盲目的ファンはそこを混同して認識している場合が多いと感じる。

「アンチは養分。」ある有名経営者王子の言葉

これは、テレビやYouTubeを観る人なら皆知っているレベルの著名な経営者王子と俺が飲んだ時に、その彼がアンチについて言っていた言葉。

 

彼の回答第一声は「アンチは養分。」

 

彼によると、「アンチは自分を目立たせてくれるツールの一つでしかない。」

「うまく使う。それ以上でも以下でもない。」

とのこと。

 

彼の場合は経営者でありながら、タレント性も感じられるブランディングと振る舞いをしているので、パフォーマンスを盛り上げてくれる「養分」としてうまく使うことができるのだろう。

とにかく、アンチに対する彼の言葉には、

「アンチは大した奴らでなく、ツールでしかない。」

というようなニュアンスが感じられた。

もしかしたら優しい人達は性善説を持ち出すからショックを受けているのかも。

アンチは、「ツールでただの養分」、

といった割り切った考えを持つと少しは楽になるのかもしれないし、

現時点でネットで大きく活動したいならこういう割り切りかたも必要なのだろう

個人的には、一流経営者としての強さを感じさせられた一言であった。

「光側の人間とスラムな人間がいる」与沢翼

(この章では与沢翼さんの言葉をなるべく簡潔にまとめます。)

(そのままが知りたい人はYouTubeで「与沢翼 誹謗中傷」で検索してください。)

 

与沢さんはまず、世の中には論理や理屈や常識が違う人達が共存している、と言っていた。

だから罰則や重い代償があっても、合理的判断ができず、衝動で超えてくる人がいる、と。

与沢さんは、「成功しているなど光側の人間は、悔しさや嫉妬などをプラスのエネルギーにしてきた強い人。そういう人からしたら、ネットの嫌がらせやいじめ、誹謗中傷すること自体が意味がわからない。

しかし、嫉妬や苦しさを超えられない弱者は一定数いてこれらはゼロにはできない。

と考えているようだ。

与沢流~アンチに対して発信者はどう振る舞うべきか

1.「見ない」

掃き溜めは「見ない」。それは逃げているわけではない。

例えばそれは、現実世界で、危険な地域やスラム街にわざわざ行かないのと同じ。

暴力や犯罪など違う論理や理屈で成立している治外法権の世界にわざわざ行っても

メリットがない、とのこと。

 

2.「躊躇なくブロック」

海外では言っていいことと悪いことの言論統制がかかっている。

海外の強者の世界では一線を超えた人間は、基本的に一発アウト。絶対に許されないし戻されない。

悪いことをする奴はまた悪いことをする。変なことを言う人はまた変なことを言う。

そんな人達と繋がりをもってもいいことはないので、

害を感じたら、条件反射一発アウトで、躊躇なくブロック。

 

3.「自分の場所では、理不尽な論理を述べさせない

発信者として、自分が発信している場は自分の場所。

光の当たっている場所で、わざわざネットスラムな人間に付き合う必要はない。

ネットスラムな人間は、ネット上のスラム街へ行かせたらいい。

人種が違うというか、生物種が違う人がいる。世界を切り離して考えるべき。

 

発信者も気を付けるべき

与沢翼さんは、誹謗中傷する人間をスラム街に例え、弱者という言葉を多用していることが印象的だった。

ただ与沢翼さんは、光側の人間が光を当てようとしても、誰かにとっては苦痛になることもあるのでそこは気を付けなくてはならない、とも言っていた。

強者の論理を振りかざし過ぎることや他者を下に見る発言は良くないので、発信者側も考えなくてならない

との考えのようだ。

 

「最初から戦わない事」「見ない勇気」ROLAND

 

ROLANDさんは、見ないということに関しては与沢さんの上を行っている。

彼はSNSのフォローは0で発信のみを行っている。

もちろん、まったく目に入らないということはないだろうが、

ここにROLANDという人のスタンスが貫かれている。

 

実は最近著者(俺)もフォローの数をかなり減らした。

これまでは興味のある分野で成功している人達を片っ端からフォローしていたのだが、

沢山フォローしていると、多くの情報が目に入り過ぎて何が正解なのかわからなくなってくる。

また、誹謗中傷や荒れたやり取り、

一部のインフルエンサーの他者を下に見るような発言が目に入り、

心がすさんでくるからだ。笑)

 

実際、通知されるフォローを人間性含めリスペクトできるビジネス系と筋トレ系著名人計5名とセクシーLady(笑)だけにしたら、

やるべきことが明確になり、自尊心と幸福感が爆増した。話を戻します。↓)

 

ROLANDさんがあれだけブレずに自分を貫けるのは、

絶対的正解などない世の中で、

あえて他人の情報を削り、

自己追求にフォーカスできていることにあるのかもしれない。

 

ただ彼はいかなる時も自己を貫いているわけではない。

自分の発信や活動に対し、多くの反対意見が出た時には、

素早く謝罪と反省と今後の振る舞いをどう改めるかについてのメッセージを発信している。

 

個人的にはこれが正しい自己の貫き方だと感じている。

心理士でもある著者の個人的な考え

俺の考えと経験談も少し。(読みたくなければ総括へ)

 

基本的に、理不尽な誹謗中傷や妬み、揚げ足取りや煽りをする人間の潜在的意識には、

自分ができないことに対する劣等感やコンプレックス、満たされない承認欲求、

努力して自分を改善することをしない人間的な甘さ、未熟さがあると思う。

結局は自分を守るために、人に毒をぶつけているに過ぎない。

 

その証拠に僕の周りの成功者や芸能界にいる正統派の美男美女からは基本的に他者の悪口を聞いたことがない。

(ちなみに売れないグラビアアイドルからは腹黒さなどは感じるし笑、僕らだって冗談的なノリでちょこっと身内で口にして発散したり、ポジティブなエネルギーに変えられるような嫉妬は時には感じる。)

てなわけで、(僕らが恵まれているのかもしれないが、)

光側の人間からしたら本当にアンチや誹謗中傷をする人間は理解不能である。時間の無駄だから。

 

もちろん誰にだって、個人的な好き嫌いなどがあり、多少の不の感情を感じることはあるだろう。

それでもわざわざ固執して攻撃しに行くことはない。そんな無駄なことに時間を費やすなら、自分の人生をいかに楽しくするか自分磨きに時間を費やす。

(誹謗中傷をしている君らは自分の未熟さに向き合い改善する努力はできているか?)

 

充実した日々を送っていたり、目標に向かって熱く努力しているキラキラした人間には、他者を攻撃している時間もなければ、そんな考えも湧かないだよ。

 

しょうもない時間を過ごしている雑魚達よ、

「自分の弱さと向き合えない、他責型の人間になるな。」

 

少し話は逸れるが、

ネットでは、難しい言葉を並べ立てて人を煽り、知性マウントをとってくる奴がいる。

俺からしたらしょうもない喧嘩ふっかけてきてる時点でその人はアホなのである。

本当に頭の良い人間はそもそもそのリングに上がらない。

強者にとってはそんな雑魚ベクトルで生きている人間を相手にしていることが、時間の無駄なのだ。

本物の強者や強者を目指す者にとってネットスラム・闇の住人とは生きてる世界線が違う。(与沢さんが言う通り、スラム街の人間には基本的に関わる「価値」がないのだ)

 

残念ながら事実として人間には「知性」の差がある。

頭イってた時代の経験談だが、僕は多少地元で目立つ存在だった。

こちらが興味を持ってなくても、当然無駄に寄ってきて喧嘩をふっかけてくる人間がいる。

それらの経験による教訓なのだが、

1、知性の釣り合わない人間と討論をすると傷つけ合うだけで、まず話にならないので不毛

2、雑魚はしっかりと雑魚認定して関わらない。

 

理由としては、彼らを正論で詰めても、まず正しい解釈ができないし、すぐ感情的になる。

感情的な上、負けを認めたくないので論点をずらしまくって結局終わらない。そして、言葉で勝てなくなった彼らは、ついには人をひどく傷つける言ってはいけない一言を発したり暴力に出てくる。

 

僕は5才の頃からあらゆる格闘技をやらされていた上、運動神経も学年トップクラスに良く、

筋トレマニアで、精神疾患のせいなのか、頭もイカれていたので、当然ボコボコに返り討ちできるのだが、

人を傷つけた以上に、自分が傷ついた。

やがて、人間不信になって人と距離をとって生きるようになっていた時期がある。

そして、不可抗力であっても人を傷つけたという罪の意識はずっと心に残るものである。

その罪の意識やトラウマは、人生の生き方を多少なりとも変えてしまう。

(僕はそれらの苦しみを解消するために大学で心理学を学んだ。)

 

だから僕ははっきり言って、(気の良いバカや優しいバカは好きだが)今でも人間的に頭の悪いバカや雑魚が嫌いだ。

バカの短絡的な思考や、思考パターンの少なさ、雑魚の余裕の無さとゆえの行動を憎んですらいる。

 

現代のSNSなどのネットでは、そもそも相手が中学生など本当に子供ということもあるだろうが、

それは別問題として、

本当はこんなこと言いたくないが、残酷なことに、本当に、知性や人間としての質の差、格の差というのは確かにあるのだ。

 

だから、僕の助言としては、

「優しい人」「いい人」「高いレベルでの常識の精度を持ち合わせている人」は、

人間的雑魚やバカは眼中に入れることなく、ないものとして

違うステージを生き、自己実現のための自己研鑽に励んでほしいと思う。

 

総括

以上3名の著名人の発言を中心にこの記事を書いたが、

基本的にアンチや誹謗中傷に対する対応は以下の3つ。

  • マーケティングやマネタイズの養分としてうまく利用する。
  • 無視して、躊躇なくブロックする。
  • 同じステージに立たず、無いものとする。

この三人の著名人以外にも著名人の多くはこれらの考え方・方法で対処していた。

 

優しい人には、養分や弱者、バカや雑魚などと割り切ることも難しいだろうが、

どれだけオブラートに包んでも、与沢さんが彼らをスラム街の住人、闇の住人と例えたように、

彼らは、けして著名人達の強がりでなく、結局、人間として現時点では最下層の位置に存在している哀れな人達だ。人は変われるが、現時点では相手にする価値のない人達なのだ。

最近は、マッチングサイトなどで、精度にはまだ甘さがあるものの、特定のワードに反応してアカウント停止が起こるなど、規制がかかるようになっている。

個人的な予想としては、これらの規制は今後強まると考えている。

 

いずれにせよ、ネットスラム街の住人は、会話するに値しない、ブロック一択の相手なので、

規制が進まないうちは、優しい人達は、目には目を、ではないが、それらに対処するための、少し厳しい考え方や方法を身に付ける必要がある

そうでないと、優しい人側が理不尽に傷つけられたり、振り回されたりするからだ。

 

そして、社会がネットの問題に対して問題意識を持ち、正しい方向へ向けて動き出すのを待とう。

 

〜追記、2022年1月〜

この記事を書いてから2年弱の時間が経った。

僕の予想通り、SNSをはじめとしたネットサービスでは、誹謗中傷やアンチ、不適切な発言、広告についての規制に運営会社が乗り出している。まだまだ難しくはあるものの、匿名に対する情報開示請求がかけられるようになり、著名人は実際に裁判を起こし勝訴している。

また、YouTubeにおいても「言葉に気をつけよう」というようなメッセージとともに、過度にアダルトなサムネイル、過激な発言をするものには、広告をつけない、もしくはアカウント永久バンなどの対策が実施されており、(過激な誹謗中傷で逮捕されたものも出ている)

Twitterでは、フォローしていない人間からのダイレクトメッセージは受け付けないという機能が追加された。

いまだに「ネットとは匿名で自由に発言できる場である」という意見を持つものもいるが、

個人的には、これだけネットが普及し一般化したいま、少なくとも利用者の多いネットサービス上でそのような意見を通すことは難しいと考えている。

 

国や大手企業が、現実世界では通用しないような発言、アンチや誹謗中傷などを「悪」とみなした今、

発信者側も受け手側も自分の人間性や未熟さ、発言について考え律して洗練させていく必要があるし、

それができないものは、ネットの世界においても相手にされない、

もしくは発言権を失うような流れになっていくだろう。

 

今後は、これまでネット上だからこそ黙認、通用していた己の弱さによる攻撃的振る舞いは、

許されなくなる。しっかりと「社会的・人間的弱者」として認識され、

良識者には相手にされない時代がくるだろう。

 

逆に言えば、いわゆる「いい人」「優しい人」「高い精度の常識を持ちわせている人」達が安心して発信・交流できる場が増えるだろう。