うつ病でもゲームはできるしパチンコ・ギャンブルはできる理由【経験者が語る】

Mental
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家族がうつ病などの精神疾患を患っていて起きている間、

ゲームばかりしている、

お金も稼いでないのにパチンコなどのギャンブルに行っている、

なんてことはありませんか?

 

家族からしたら心配だし、怒りの感情すら抱くこともあるでしょう。

特にゲーム課金やギャンブルなんてたまったもんじゃないですよね。

 

今回は、うつ病なのになぜゲームは集中できるのか、ギャンブルにいくのか、

その謎について当事者である僕が解説していきます。

そして最後に、僕が考える対策についても書いていきたいと思います。

 

理由を知ったところで、健康な人からしたら理解できないとは思いますが、

うつ病当事者からすると「救い」の側面があったり、そうしながらも「葛藤」があったりするので一読してみてください。

理解が深まることでこれまでとは違うコミュニケーションや促し方が見つかるかもしれません。

 

うつ病なのになぜゲームは集中できるのか

うつ病なのになぜゲームは集中できるのか。

理由として考えられるのは以下の通りです。

 

・現実逃避

・虚無感(退屈、ドーパミン的刺激を求めている)

・頭も使わず、肉体的にも疲労しないから

 

個人差はありますが、うつ病である場合、

(特に、寝たきりの状態から、ある程度起きていられる状態になったばかりの時期)

起きている間は常に不安感や恐怖感・虚無感・絶望感・希死念慮といったネガティブな感情や考えが頭にあります。

これはネガティブ思考というよりは、常にそこにある、漠然と感じる、といった感じです。

なので、どのように物事を考えるか、ポジティブ思考で改善するようなものではないです。

 

起きた瞬間から希死念慮を感じ続ける、まるで生き地獄だな、

と思う日々が続いたことが僕にはありました。

 

希死念慮 

死にたいと願うこと。
自殺願望と同義ともされるが、疾病や人間関係などの解決しがたい問題から逃れるために死を選択しようとする状態を「自殺願望」、具体的な理由はないが漠然と死を願う状態を「希死念慮」と使い分けることがある。

(デジタル大辞泉から引用)

 

ゲームはできる理由1【現実逃避・虚無感から意識を逸らすため】

上記で述べた通り、うつ病の時期によっては、起きている間ずっと、

希死念慮や絶望感をはじめとしたネガティブな感情にさいなまれている時があります。

 

この状態は、おそらくうつ病による独特な感覚で、活字で表現しにくいのですが、

軽い生き地獄が続いているような感じで何もしていないのがとにかくつらいです。

常に頭の片隅に、希死念慮があり、チラつき続けるので起きているだけで苦しいです。

 

だからといって寝てるばかりでは何も変わらないというのは、

こちらもわかっているので、

ゲームや動画視聴などをしてネガティブなことからなんとか意識を逸らしながら過ごしているわけです。

 

当時の僕としては、

起きていられるだけで一歩前進、

何かに興味が出てきただけで一歩前進、

いっときでも「楽しい」と思える瞬間が生まれただけでも一歩前進、

という感覚でした。

 

そしておそらくうつ病から復帰する段階として、その感覚は間違っていないと思います。

ゲームはできる理由2【頭も使わず、肉体的にも疲労しないから】

うつ病になると気力・体力の問題で、

日常生活で行うべき当たり前のことすら行うのが困難になる場合があります。

また、物事に対する興味も湧きづらくなっています。

 

僕はうつ病になり数年の間、気力と体力の問題で格闘技はもちろん

筋トレやランニングを一切できなくなりました。

また、大好きであった読書もできなくなりました。

それなりにお硬い内容の文章を頭に入れるということに拒否反応が出るようになったからです。

ただでさえゴチャゴチャした精神状態と脳内に、新しい知識を加えるという作業は、それなりにハードなのです。 

 

その点ゲームは肉体的な疲労はありませんし、

戦略などを考えるといっても、それは勉強とは違い、感覚的なものに近いので、

精神的な負荷が軽いです。

 

物事に対する興味、についても、

ゲームはどんどん次に進めたくなるように工夫・設計がされ、刺激があるので、

うつ状態であってもなんとなくで没頭できてしまうのです。

 

うつ病なのにギャンブルに行く心理

あくまで僕の場合ですが、

うつ病なのにパチンコなどのギャンブルにいく理由は、

ほとんどゲームに没頭するのと同じような感覚です。

 

・精神的刺激や高揚感が味わえるから(しかもゲームよりも強い刺激や高揚感)

・「自宅でゲーム」以外の刺激が欲しい

・人と遊ぶのとは違い、体力的・精神的消耗が少ないから

・何も考えなくていい、もしくは、一時的にネガティブなことから意識をそらせるから

 

です。

 

また、多少の、

 

・場合によっては稼げる

・自暴自棄(自傷行為・退廃的なマインド)

 

な考えもあるかもしれません。

 

うつ病であると、友人と遊ぶというのも、それなりのハードルがあります。

遊ぶことに興味が湧かない、体力的に遊びについていけない、相手に理解があってほしい、

うつ状態が友人になにかしらの迷惑をかけるのではという心配など。

 

その点、一人で遊べるギャンブルというのは気楽なのです。

 

それからギャンブルには、

うつ病の退廃的な気分と、稼がなくては、という矛盾した気持ちの両方を満たす要素もあります。

 

ゲームはわるくないが、とにかく注意すべきは課金額

僕の考えでは、特に、寝たきり状態から抜けたばかりの段階において、

無料や買い切り型のゲームに集中するのは、

けしてわるいことではないと思っています。

 

むしろ、起きていられる時間が増える、興味を向ける対象がある、

一瞬でも「楽しい」と思える瞬間がある、というのは前進です。

 

ギャンブルをしに行けるということですら、心身ともに寝たきり状態の頃を思えば、

回復してきているからこそ、と思えたりします。

 

ただ問題は、金銭的にコントロールされた範疇で遊ぶことができているか、です。

この問題は、一人暮らしの場合は自分でしっかり意識して考えなくてはならないですし、

家族と暮らしている場合は、当事者だけでなく家族も注意して見る必要があると思います。

 

というのは冒頭で、

うつ病など精神疾患を患っている人間が起きている間に感じる希死念慮をはじめとした

ネガティブな感情は、

物事の捉え方だとかポジティブ思考でどうなるという問題ではない、

と書きました。

 

僕個人としては、やはり、病ゆえの、病的なマインド、だと感じます。

 

というのは、うつ病でなければ考えないこと、感じないこと、

以前の健康な僕であれば、そのように判断しないことは多くあるし、あったな、と思うからです。

 

自暴自棄になったり、逆に強気になりすぎるといった双極性障害的な情緒もそうですし、

自分に合った薬を探している段階で、高揚した気分になりすぎたりと、

その時は正しいと判断したことであっても、あとから、やはりおかしかった、と感じる判断は多々あります。

 

なので、

「自分の今この瞬間の判断を少し疑う」ということが必要で、

 

一人暮らしの場合は、健康であった時に近い状態である時や安定した気分・考えの時に、

ゲームの課金やギャンブルに対して改めて考えておかなくてはならないと思いますし、

 

家族は、当事者と課金について話してみる、

場合によっては、金銭の管理を家族でする、

クレジットカードを持たせない、多くの現金を持たせない、

などの工夫をする必要があると思います。